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先生、今日は掃除をしました。

いらないものとゴミの違いはなんでしょうか、鼻をかんだティッシュと、見たく無いレシート。手を拭いた乾いたウエットティッシュと、使い古したブックカバー。届いた中身と比例しない大きさのAmazonと書かれた段ボール、その中身だったサイズを間違えた下着。

要らないものは、どこで間違えたのでしょう。見たくも無いものは燃えるゴミへ。聞きたくない言葉は燃えないゴミへ。

先生が私の人生から居なくなって、3年4ヶ月と25日です。先生。

今日も私は生きています。食べたくないものを食べ、味の無い水を飲み、生きているつもりはないが、どうやら生きている。

奇妙なことです。生きているのは。上に投げた石がいつになっても、幾度待っても、落ちてこない奇妙な顔をして、私は生きています。

そんな私を、どこかに隠してしまいたい、人目につかず、自分の半径0メートルを鏡張りにして、自分の老いていく顔を刻一刻と見ながら。何も食べず、何も飲まず。悲観に暮れている自分を、知っている。と言って、笑いたい。

死ぬのはずっとずっと先だよ。知っている。そう言って、その2歩先で、無罪のまま死にたい。

つまり、殉教です。

私は先生と出会って、すっかり臆病になってしまったようです。先生。

臆病に、傲慢に、怠惰に怯え、図々しく、孤独を言葉にする理性は、瞼に伏して。右手にリンゴを。左手にヘビを。

肋骨は、とうの昔に折った。

紙の上で繰り広げられる、神の話を、目から入れて、脳に入る前に、耳から出す。

生きることのつまらなさに耐えて、笑うことを覚えた。

笑い飛ばした先に行く私の気持ちは、きっとどこかに辿り着く、幸せを両手にぶら下げて戻ってくる。きっと。きっと、それを期待する。そうでなければいけない。

それを待つ、過剰に焼かれた鉄板に、肉が乗る時のような慌ただしさを、堪えて。

やけになったように、ワインを飲む、日本酒を流して、水分を取る。

手がふやける、気圧が身体に合わなくなる。息苦しい。言ってみたい。さほど高尚でもない虚しさを、不謹慎だ、そう言われたい。

破綻した女は、そこらじゅうに居る。

いつから自分は間違えたのか。燃えるゴミと燃えないゴミの袋を見て、どちらに何を入れればいいのか。いつから自分はここに居るのか。分別が苦手な女。考えることを棄権する、その青ざめた顔。

しかしそれは一瞬。多くの女は、男からもたらされた自分の遺影を、一瞬だけ手のひらに見るのです。

その1秒後には忘れている。臍の緒だけが疼く、これはきっと生理痛なんだ。もうすぐ生理が来る。そのせい。全ての理由はそのせいなんだ。狂っているか確認している暇などないのだ。

野菜を切る、狂ったように煮込む。ダラダラと煮込まれる野菜を見る。その溶けるような熱さで自分を飼いならす。

叶わない快楽、食事でも、セックスでもない。得体の知れないとびきり下品で高尚な快楽。絶対にあることはわかっているのに、それが何かわからず苦しむ。満たされない。親指をちぎる。

形容不可能な気持ちに言葉は無い。言葉がないなら、それは、存在しない。そう思う。思い込む。

ボキャブラリーはわざと捨てた。