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先生。先生は今何をしていますか。生活は楽しいですか、愛している人と一緒にいるのでしょうか。先生は、幸せでしょうか。

先生が幸せなら、私は嬉しい。そんなに嬉しいことはない。

先生は、先生だけは幸せに満ちて欲しいと願います。

私は身勝手に先生に愛を、悲惨なほど気持ちの悪い愛を抱く、それらを残らず隠して、人目にさらさぬよう、のたうち回るそれを抱えて、死にそうな顔で、先生の幸せを願う。

そしてそれを腹の底に収めたら、翻って、男を探す。

今にも逆流しそうな炎症を、赤ん坊のようにあやしながら。iPhoneの画面を見る。知らない男の人たちからのメッセージ。頭が痺れる。

セックスフレンドを募集する若い男からのメッセージ、キミは性欲がないんだね。でも、ひとりでするだろう?

この人はなぜこんな不毛なことを訊くのだろう。

きっと暇なのだ、自分がセックスできないことが分不相応だと思っている。結局、得体の知れない何か、暴力的な欲を手頃な女に使いたいんだ。それは本能的なもので、私にはわかりそうもない。だから赤の他人のマスターベーションを軽々と訊くのだ。私が死んでいるのか、生きているのか、私の体温を見ようとしている。

私は死体です。温度などもうない。

冷感症の惨めな女です。温もりを求めた指の先から腐敗するのです。

私は内側から腐敗する。それはもう冷え切っていて、その空気を口から出してまた肺に戻す。

先生の記憶を、あの頃の記憶を冷凍庫に入れて冷凍焼けしたそれは、新鮮さを失った。

どこからが非現実で、どこからが現実なのか、

私は境目を探している。

たった一人で、この世界で私が、冷凍された先生を隠していることは、誰も知らない。

私は境目を探している。

その頃にはぐったりとしている、静かすぎる、心臓の音も聞こえない、死んだのだ。私は死んだのだ。死の快楽に溺れそうになる。

私は死んだのです。繰り返す。同じサビをリピートする、再生ボタンを繰り返し押す。

飽きることも忘れて聴き流しながら、私は首にネックレスをする。

顔に粉を叩く、慣れた輪郭の口紅を引く。アイシャドウは薄くていい、私は目が大きいから。

ハーフなのか、よく聞かれる。私は知らない、私の血に何が混ざっているのか。不純物があるのか。どうしてこの顔に産まれたのか、どうして生きているのか、なぜ先生が好きなのか、私は知らない。

私は私の顔を魅力的に見せるすべを知っている。

口紅は濃い方が似合う。斜めに向いた顔が1番美しい。細身の身体にニットはよく似合う。人より高い身長だから、男性の隣を歩く時、ヒールはダメだ。

完成した顔を見る、殴られたような衝撃を受ける。死んだ目をしている、疲れ果てた顔をしている。泣きそうな顔をしている。泣いては駄目だ、格好の餌食になる。

口角を上げる。私は美しい。そう思うようにしている。そう思うようになっている。

脳震盪が続く、よろけたまま洋服を着る、細身をあえて隠す服を着る。私はその方が魅力が増すのだ。色気のない下着は自分への戒めに。

リップと鏡とカード。それだけしか入っていないはずなのに、鞄が重い。電車の改札で足がすくむ。座り込む。

確か、私が20歳の時電車に乗れなくなったことがあった。

なぜ乗れなくなったのかは忘れてしまった。

先生以外のことはすぐに忘れるようにできている。これは罰だ。私は何か大きな罪を犯してしまったに違いない。でなければ、説明がつかない。

説明がつかないものは、人に伝えられない。支離滅裂な記号でしかない。伝えたとして、怪訝な顔をされるか、呆れられる、もしくは笑い飛ばされ、あるいは同情される。

私はそれらのどれも求めていない。

先生と最後に会ってから、あまりにも遠くへ来てしまったのだから。

しるべはもうない、啓示、それもない。

人は1人でいるのは良くない、たしか十字に張り付けられた人の子は、そう言っていた。

私はその言葉を流しの三角コーナーに捨てた。

私は食べる、食べたくもない高い肉を、なぜ食べ続けるのかわからない、お腹が空くのは私の意思ではない。これは紛うことなき理不尽だ。

目の前の人は奢ると言う、私は一度断る。なぜか泣きそうになる。無遠慮に恩を押し付け合う。息苦しさを感じる。一度きりの食事はそこで終わる。

恋愛というよそよそしい現象に、恩はない。

帰り道、みりんとしょうゆが混ざった匂いがする、その家を探す。突き止めて、眺める。

駆け出したくなる、駆け出して、転んで、大声で泣きたい。

走り方はもう忘れた、転ぶ痛さは幼い頃に知ったはずなのに、転び方ももう忘れた。

この受難には意味がない、理由もなければ、教訓もない。